新規事業の市場規模を正確に推計する方法|TAM・SAM・SOMの算出手順を解説

なぜ市場規模の推計が事業計画の「核心」になるのか

投資家へのピッチや社内の新規事業審査で、最初に突っ込まれる質問のひとつが「その市場、どのくらいの規模ですか?」です。ここで「○○円規模と言われています」と出典不明の数字を答えるだけでは、信頼性は一気に下がります。

市場規模の推計は単なる数字合わせではありません。自社がどこで戦うかの戦略的定義であり、事業の成長ポテンシャルを投資家・社内に証明するための論拠です。根拠のある推計プロセスを踏むことで、「この創業者は市場を理解している」という信頼を得られます。

本記事では、TAM・SAM・SOMという3層構造のフレームワークを使い、実際に数字を積み上げる手順をステップ形式で解説します。

TAM・SAM・SOMとは何か

まず3つの概念を整理します。この3層構造は、市場をざっくり一括りにするのではなく、「理論上の最大市場」から「現実的に取れる市場」へと絞り込むためのフレームワークです。

TAM(Total Addressable Market)

TAMは「獲得可能な市場の総量」です。自社プロダクトが解決しようとする課題を持つすべての顧客が対象と仮定したとき、その市場全体の規模を指します。地域制約や競合の存在を無視し、「世界中の誰もが使う」と仮定した場合の上限値です。

SAM(Serviceable Available Market)

SAMはTAMのうち、自社が実際にサービスを提供できるセグメントの規模です。言語・地域・流通チャネル・規制・ターゲット顧客層などの制約を加味して絞り込みます。「現実的に届けられる顧客の市場規模」と捉えてください。

SOM(Serviceable Obtainable Market)

SOMはSAMの中でも、競合との競争を経て自社が実際に獲得できる市場シェアです。ローンチから3〜5年の事業計画で達成可能な売上の上限値とも言えます。ここが投資家にとって最も重要な数字であり、根拠の薄いSOMは即座に疑われます

市場規模を推計する2つのアプローチ

推計手法には大きく分けて「トップダウン」と「ボトムアップ」の2種類があります。信頼性を高めるには両方を用いてクロスチェックすることが鉄則です。

トップダウン・アプローチ

既存の業界レポートや統計データから出発し、自社ターゲットに絞り込んでいく手法です。

例:「国内の健康食品市場は1兆円(出典:矢野経済研究所)。そのうちオンライン購買比率は30%なので3,000億円がSAM。競合5社の合計シェアが約60%のため残余市場は1,200億円、初年度に1%を取れればSOMは12億円」——このような論理展開になります。

活用できる主な一次情報源としては、総務省・経済産業省の統計調査、矢野経済研究所・富士経済・IBISWorldなどの業界レポート、上場企業の有価証券報告書(競合の売上規模把握)などが挙げられます。

ボトムアップ・アプローチ

顧客単位の購買行動から積み上げる手法です。より実態に即した数字になるため、投資家からの評価が高い傾向があります。

計算式の基本形は次のとおりです。

市場規模 = ターゲット顧客数 × 購買頻度 × 平均客単価

例:「国内の中小企業のうち、IT投資に積極的な製造業は約8万社(経産省データより)。年間に類似ツールへ支出する平均額は50万円(ユーザーインタビュー20件の平均)。よってSAM=8万社×50万円=400億円」——このように積み上げます。

ボトムアップの数字は、ユーザーインタビューやアンケート調査などの一次調査が土台になります。想定顧客に直接ヒアリングした「実際にいくら払う意思があるか(WTP:Willingness to Pay)」のデータは、推計の信頼性を大きく高めます。

SOMを説得力ある数字にする3つのポイント

TAMとSAMはある程度公開データで算出できますが、SOMの根拠こそが最も問われます。以下の3点を意識して算出してください。

1. 競合のシェアデータを用いる

SAMにおける既存競合のシェア合計を算出し、残余のアンアドレスド市場(未充足需要)を明示します。競合他社の売上は有価証券報告書や決算短信で確認できます。非上場企業の場合は帝国データバンク・TDB・eol等のデータベースを活用します。

2. 獲得仮定に現実的な根拠を置く

「同カテゴリで成功した競合の初年度シェア獲得ペース」を参考にするのが有効です。類似事業の成長曲線(S字カーブ)を調べ、「初年度0.5%、3年後2%」のように段階的な仮定を設けると現実味が出ます。

3. GTM(Go-to-Market)戦略と紐付ける

「このチャネルで月○件のリードを獲得し、転換率○%で○件の契約を取る」という営業・マーケティング計画からの逆算で、SOMを補強できます。数字がGTM戦略と整合していると、投資家は「実行可能性が高い」と判断します。

推計でよくある「落とし穴」と回避策

落とし穴①:市場定義が広すぎる

「日本のIT市場は○兆円」のような大雑把な定義を起点にすると、自社サービスとの関連性が薄くなり、説得力が失われます。市場定義は自社が解決する「課題」と「顧客」で絞り込むのが基本です。

落とし穴②:出典が古い・不明

5年以上前のレポートや、出典不明のブログ記事を引用するのは禁物です。投資家は出典を確認します。公的統計やリリースから3年以内の業界レポートを使いましょう。

落とし穴③:ボトムアップとトップダウンの乖離を無視する

2つのアプローチで数字が大きく乖離する場合、どちらかの前提に誤りがある可能性が高いです。乖離の原因を分析し、仮定を修正することで推計精度が高まります。乖離を「誤差の範囲」として放置するのは避けてください。

市場規模推計に使える主要データソース一覧

以下は実務で頻繁に活用されるデータソースです。

  • e-Stat(政府統計の総合窓口):国勢調査・経済センサスなど公的統計を無料で取得可能
  • 経済産業省 特定サービス産業動態統計調査:各種サービス業の売上動向
  • 中小企業庁 中小企業白書:中小企業・スタートアップが対象市場の場合に有効
  • 矢野経済研究所・富士経済・インプレス総合研究所:有料の業界レポート(図書館でも閲覧可能な場合あり)
  • Statista・IBISWorld:グローバル展開を見据えた海外市場データ
  • SPEEDA・eol:国内外の企業財務・業界データベース

まとめ:市場規模推計は「論拠の積み上げ」である

市場規模の数字そのものより、「どのような前提と情報源で、どのように算出したか」のプロセスが投資家・審査者の評価を左右します

TAM→SAM→SOMの順に絞り込み、トップダウンとボトムアップの2方向から検証し、競合データとGTM戦略で補強する——このプロセスを踏むことで、根拠のある市場規模推計が完成します。

事業計画の質を高め、資金調達や社内承認の通過率を上げるためにも、市場規模の推計には十分な時間と一次情報の収集を投資することをお勧めします。


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